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社員がいない出版社だからできたこと!

2004年の9月に刊行された11月号(No.382号)で、ぼくが33年間、編集長を務めた日本初の同性愛誌『薔薇族』は廃刊に追い込まれてしまった。
12年も前のことだから、20代、30代の人は『薔薇族』の存在を知らないだろう。
『薔薇族』は1972年(昭和46年)の7月に創刊された。ぼくが38歳のときだった。

父の禱一が敗戦後間もなくの昭和23年に、株式会社・第二書房を開業した。
姉ひとりと、妹ふたり、男はぼくひとり、駒沢大学に入学した年だった。出版社は机ひとつと電話があれば、事務所など借りることはない。
印刷も製本も、紙も全て外注だから、自宅で仕事をすればいい。人も使うなというのが父の考えだ。
学生時代から父にこき使われだして、卒業後も父の仕事を手伝うことになってしまった。
給料などもらったことがない。小遣いとしてわずかなお金をもらうだけだった。
第二書房は社員などひとりもいなくて、父とぼくだけ。

『薔薇族』を創刊するまでにはいろんなことがあったが、社員がいないからぼくが決断をくだせば、だれにも相談することがなく、会議を開くこともなく決められた。
父は女性に狂っていて、ぼくに仕事をまかせっきりだったので、ぼくが決断すればいいことで、『薔薇族』を創刊しようと思ったとき、運がよかったのか、手助けしようというゲイの人がふたり現れた。
藤田竜さんと、間宮浩さんとの出会いがあって、4月に出会って、7月に創刊号を出してしまったのだから、すごいことだった。
取次店(本の問屋)が扱ってくれることになった。これは革命的な出来事で、日本中の書店に『薔薇族』が並ぶことになった。
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「ラブオイル校長」誕生秘話!

『薔薇族』を創刊して、10数年後のことだ。

「こんなもの売れないでしょうか?」

と、プラスティックの容器に入った、ぬるぬるする液体を持ち込んできた、
50がらみの男性がいた。

「ゲイの人が肛門性交するときに、オチンチンにたっぷりぬって、
肛門に挿入するために使うのと、一人でオナニーするときに、オチンチンにぬってしごけば、
たちまち天国行きだ。」

効能をしゃべって、2、3本サンプルを置いていった。

ぼくは結婚するのが早かったから、オナニーのことなど、すっかり忘れている。
学生時代に、オナニーに、日夜ふけっていた時のことを思い出していた。
つばをつけたり、石鹸をつけたりしてのオナニーは、あまりこすると、あとがひりひりして痛い。
その夜、風呂に入ったときに、サンプルのオイルをたっぷり塗って、しごいてみた。
たちまち快感が!
このオイルを使えば、精液と変わりない。
水ですぐ流せるし、まったくべとつかないし、口に入ったとしても害にはならない。
これは売れるぞ!そんな思いがひらめいた。

早速、発売することにして、デザイナーでもある嵐万作さんに依頼して、
ケースと容器のデザインを考えてもらった。
商品名も「愛の潤滑液・ラブオイル」と命名し、『薔薇族』を販売してくれている、
ポルノショップや、ゲイホテルなどに置かしてもらうことにした。
『薔薇族』の誌上にも広告を載せ、記事にもした。ケースのデザインも真っ赤でよく目立って最高の出来栄えだ。
アメリカで猛威をふるったエイズが、日本にも上陸してきた。
肛門性交するにはコンドームをつけ、すべりをよくするために、「ラブオイル」をぬる。
肛門性交するための必需品となった。

もう10数年前になるだろうか。
日本テレビの連続ドラマで、「同級生」という初めて同性愛を茶の間にもちこんだ、画期的なドラマが大ヒットした。
その放送時間には、新宿2丁目の通りに人影が消えたというくらい、ゲイの人が楽しみに見たドラマだった。
脚本は伊沢満さん、主演は高嶋政広さん。
ドラマの中で高嶋さんが、ベッドの下に隠していた。
ポルノショップから買い求めてきた「ラブオイル」を取り出して、
「水戸黄門」のクライマックスの徳川のあおいの紋(もん)が入った印籠を手にもって、大写しにする場面と同じように、なんと
手をかざして「ラブオイル」を大写しにしてくれた。
その頃が一番よく売れ、オイルと言えば「ラブオイル」というぐらいに知名度が高くなり、月に5千本も売れるようになった。

その頃のことだ。ゲイビデオの制作会社の「コート・コーポレーション」の監督から電話があって、
修学旅行に旅立つ高校生を送り出す、訓辞をする役をやってくれと頼まれた。
母校の代沢小学校の裏手で、スーツを着て校長役になったぼくが台の上に乗り、6、7人の男子高校生の前で、
旅行中の注意をしゃべった。
男子生徒が、ホテルで女子生徒と、セックスなどしたら大変と、欲望がおきたら「ラブオイル」を使って自分で処理しなさいと、
男子生徒に「ラブオイル」を手渡した。

そのシーンだけを切り取って、ネットに載せたとんでもない人がいた。それが評判となって多くの人にひろがり、
僕のことをいつの間にか「ラブオイル校長」と呼ぶようになってしまった。

よろこぶべきか、悲しむべきか。「ラブオイル」が今でも売れ続けているのだから、ありがたいことだ。
プロフィール

伊藤文學

Author:伊藤文學
日本初の同性愛者向け雑誌『薔薇族』を創刊した編集長。
薔薇族は廃刊となったが、販売を手掛けるラブオイルは今でも売れ行き好調。
出演作品がネットで話題となり、いつしか“ラブオイル校長”の名でも親しまれるようになった。ありがたいことです。
管理運営:FMC's©伊藤文學

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