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清水の舞台からとびおりるような気持ちで!

『薔薇族』ほど創刊のとき、そして廃刊になったとき、マスコミが話題にしてくれた雑誌って他にはないのでは。


昭和46年(1972年)にハンバーガーの「マクドナルド」が、銀座の三越の中に、第1号店をオープンさせた。
その頃の日本では、同性愛は異常なことでマスコミもとりあげないタブーだった。辞書にも「異常」と書かれていた。
『薔薇族』を創刊したとき、多くの週刊誌がとりあげてくれたので、知られるのが早かった。
その頃は月刊でなく隔月刊だったが、号を重ねるごとに刷部数が増えていった。読者からこんな投稿を読むと地方の読者が待ちのぞんでいた事が分かる。


「昭和46年秋、銀行のロビーで何げなく手にした『週刊朝日』のコラムに、『薔薇族』創刊を取りあげた記事を発表したとき、私はわが目を疑った。
心の片隅でそのようなものを求める気持ちはあったが、その方法、手段を何も知らなかった。
「あった、やっと見つけた」
という感情のたかぶりとともに、そのとき私は、自分の男性指向の思いをはっきり意識した。
いても立ってもいられない気持ちで上京し、上野駅ホームの電話帳で、第二書房を探し出し、どこでうっているかをきいたか。
それからは1ヶ月おきに、銀座の大雅堂(今はない)まで、往復3時間、千円の交通費をかけて通い『薔薇族』を手に入れ続けた。
書店員と客の視線を浴びて、まさに清水の舞台からとび降りる心境だった。『薔薇族』の1冊はまさに至宝だった。」


『薔薇族』を手に入れることは、読者にとっては大変な勇気がいることで、レジに持っていけずに万引きする人までいた。

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プロフィール

伊藤文學

Author:伊藤文學
日本初の同性愛者向け雑誌『薔薇族』を創刊した編集長。
薔薇族は廃刊となったが、販売を手掛けるラブオイルは今でも売れ行き好調。
出演作品がネットで話題となり、いつしか“ラブオイル校長”の名でも親しまれるようになった。ありがたいことです。
管理運営:FMC's©伊藤文學

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