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日本初の仕事をいくつもやりとげた!

ネットなんてものがなかった時代、ぼくの仕事はすべて日本で最初ということをなしとげることができた。
日本初の同性愛誌『薔薇族』の創刊はもちろんだが、少年のヌード写真集『少年たち』は勇気のいることだった。

日本でもモデルの少年を探すのは大変なことだったので、カメラマンをマニラに行ってもらって、少年の写真を撮ることにした。
その頃のフィリピンは貧しかったので、親が少年を連れてきてモデルにしてほしいと頼みにくるのだから、たちまち2冊の写真集を出し1冊残らず売れてしまった。

『脱いだ男たち』男性ヌードの写真集も日本初、書店で買いにくいのではと、オビにデッサン用と刷りこんだ。
ビデオも日本初、30分ものでなんと3万円したのだから、手さげ袋に入れてポルノショップにもっていくと、何十万にもなったのだからいい時代だった。

ビデオだけでなく、映画の製作にものり出した。千葉の勝浦の古い網元の家を借りて、4日ほどで1時間もの映画に仕あげた。

三島由紀夫さんが書いたのではと言われた『愛の処刑』監督は、2流、3流の映画会社の人だったが、カメラマンは有名な人だ。

映画をビデオにしても売り出した。『薔薇族映画』と名付けて、3作ぐらい作った。

思いついたものは、すぐに実行に移した。
誰にも相談する必要はなく、ぼくが決断すればいいことだった。

「伊藤文學の談話室・祭」も映画的なお店だった。ゲイバアなるものは、夕方から開業するが、「祭」はなんと昼間から営業した。
これが大当たりで、渋谷にも2号店、レズビアンの女性のお店「リボンヌ」もオープンさせた。やりがいのある時代だった。

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プロフィール

伊藤文學

Author:伊藤文學
日本初の同性愛者向け雑誌『薔薇族』を創刊した編集長。
薔薇族は廃刊となったが、販売を手掛けるラブオイルは今でも売れ行き好調。
出演作品がネットで話題となり、いつしか“ラブオイル校長”の名でも親しまれるようになった。ありがたいことです。
管理運営:FMC's©伊藤文學

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